第16回MIAA チャーターメンバー 渡航議事録 . 平成19年5月28日
議事録作成人  鈴木 信
日 時 : 平成19年5月15日(火)〜5月23日(水)
渡航先 : ネパール カガチ村
渡航者 : 鈴木信
便 名 : SND〜NRT NH 3232 ・ NRT〜BKK NH 0953 ・ BKK〜KTM TG0319 
       KTM〜BKK TG0320  ・ BKK〜NRT NH 0954  ・ NRT〜SND NH 3131

**ネパール全土で、今日から学校が休校(2007-5-17)
**突然の発表であったという
 2007年5月17日カトマンドゥへ到着した。カトマンドゥ空港ではウッタム氏、アショク氏が出迎えてくれた。マオイストによる様々な問題はあるというが、見た限り緊張感はなく、昨年4月訪問時の戒厳令による不気味さが夢のようである。去年と比べれば観光客もだいぶ増えたということだ。 市内には、以前より路上で衣服などを販売するネパール人がかなり増えていた。この露天商は田舎では、稼げないと考えてカトマンドゥに出てきた村民で、500ルピーの安アパートに数人で暮らしているという。
 ウッタム氏の会社で何名か加わり、ミーティングとなった。カトマンドゥは、電気事情が悪いが、今回は雨が多かったことで、水力発電が活発化し、週2回の地域交代制での2時間停電が行われる程度となった。  
 到着日の新聞では、ネパール全土の学校、診療所を当分閉鎖という記事が掲載されていた。これは、マオイストが議会にも参加するようになり、メリットもある反面、彼らの活動が活発化し、現状はネパールの民主化への進行を妨げる事も非常に多いという一例のようなものであるという。
 閉鎖に至る経緯を簡単に説明すると、マオイスト主導により、学校職員、病院職員の賃上げを要求するストのようなもので、根拠のないストに、当の職員も驚いている状態だという。

*****会議内容・ネパールの政情*****
海外には報道をシャットアウトしていることも多く、たくさんの事件が毎日のように起きているという。

*****メーラムチ・ウオータープロジェクトの中止 5年以上も前から東ネパールからカトマンドゥへ水道施設を作り、カトマンドゥの水不足を解消しようという動きがあり、アジア開発銀行、ECC、そして日本政府も支援し、配管等の作業も一部行われていたが、担当大臣に、マオイスト派・イシラ氏(女性)が就任し、支援団体に対して、ネパールは自分でできるから支援不要の旨、宣言。筆頭支援団体のアジア開発銀行は、いろいろと友好的な話し合いを続けていたが、平行線が続き、最終的にはプロジェクトの打ち切りを決めたという。

*****2007年5月現在、220人のネパール国会議員は、329人(うちマオイスト派83人)となり、担当割りはされたものの、考えや方向性も、まとまっておらず、次の議会時期も延長され、ネパール国会議事堂が正常に稼動する日は全くつかめない状況だという。

*****国会議員1名、殺される    
 ライオンズメンバー、クリスナ氏63歳は、マオイストに撃たれ死亡。そのときには、撃ったマオイスト側も2人死亡し2人逮捕されたが、根本的な解決には程遠いという。

*****政府系県知事8名死亡   
 ネパールには、75地区があり1地区に一人、日本で言う県知事のような政府系の役員が存在する。最近活発化している、Y,C,L(ヤングコミュニストリーグ・マオイスト派の若者で結成)は、地区の中心である役所を占拠し、机や椅子を破壊し、職員に暴力をふるい、しまいにトップを虐殺したのである。それもここ3ヶ月で8名ということで、ますます増える可能性があるという。


*****王様の銅像を破壊   
 Y,C,Lは、カトマンドゥ市内でも王の銅像をハンマーで壊しはじめ、ここ一ヶ月で12箇所が破壊されたという。現在でもYCLと警察の衝突がいつおきるかわからない状況であり、負傷者も多くでているという。  国会にマオイストを招き、ネパール王国の将来を考えるため動いていた議員達も困り果てており、インドへ軍事的な警備を依頼する可能性もでていているという。

      
 5月18日、朝起きると大雨であることと、カガチ村も含め、ネパール全体の学校が休校という事態でもあったので、翌日に訪問することにした。この日は、ライオンズクラブスクンダの定例会の日だったので、そこに参加して、我々の今後の活動を含めて会議を行った。スクンダメンバーは10名の参加で、次年度会長も決まり、次第に基づいて進行された。会議ではスクンダの内部的な会議のあと、今後の我々との事業について話しあった。 MIAAも5年という支援を節目にしようとしていたが、6年目にして学校の建設を申請したことで、出来る限り支援を続けることにし、決められた活動をスクンダでも継続して頑張ってくれるよう要請した。
   5月19日早朝、ジープでカトマンズ市内を出発 前日の雨はすっかり上がり、晴天であっても、道は悪路となり、ジープや大型車でなければ進めない状態であった。 
村へ行く途中の山林には、イノシシが多く生息している。まれに、ひょうも現れるという。 悪路は続き、ひやっとする場面も多いが、技術はさすがプロドライバーという印象である。
 
カガチ村に着くと小学校が休みということもあり、しずかな農村地帯という感じである
 
どこもかしこも、急斜面である。 2店舗目の物販店も開業する予定。
****カガチ村中学校建設計画・8月より建設開始予定****
 学校建設予定地の方向へ歩き、階段を作る場所から確認し始めた。建設業者に学校のまわりの土留めの場所も説明を受け、図面や見積書を持ちながら確認作業をした。  

 今回、驚くことにカガチ村にテレビが設置されていた。支援を開始した15年前から考えると格段の進歩かと思う。
結構な急斜面が続く。 水源からパイプでひかれた水は、診療所のタンクへ貯められる。
  *****水源調査*****
 もうひとつの水道事業調査のため、配管をはりめぐらす近辺を歩き山の上へ。 雨の日ではやはり無理かと思うほどの山道を登っていきました。 人が歩く場所でもなく、奥へ奥へと歩く。やっと着いた水源は、雨季には相当な量の水が出続け、乾季にも水は少量ですが出続けるということである。   村民が以前、自作で作った水源のパイプから、蛇口をひねったかのように、水が流れ出ていました。 水源は何箇所かあり、土の下から沸いてくる場所もあり、いずれかの水源からか?カガチ村診療所へパイプで引き、診療所のタンクへ貯められる。診療所に豊富な水が供給されることにより、さらに手を洗う習慣の学習や水の使い方の学習などもワークショップでドクターによる勉強会が行われると思われる。
 
     警備室           
 警備室も完成し、診療所も常時、ガードマンが滞在することになる。 ガードマンの給料は、スクンダで支給することになった。
 学校建設の建設会社、R,E,B,Engineers and Buiders Pvt,Ltdから2名参加してもらい、カガチ村の元地区長も含めて、会議を行った。 宮城国際支援の会としては、6月末までに正式に着工の回答をする。その後、建設会社は部材の確認や手配を行い、雨季が終わる8月中旬以降から建設を開始する。
  
左からスクンダ次年度会長予定者、MIAA鈴木信、現スクンダ会長フイニャル氏
  時折見かける子ども達は、あいかわらず汚れた小学校の制服をずっと着ている。着替えがないので、天気が良く洗うまでは、このままなのであろう。 
 今回は、学校も診療所も閉鎖ということで、予定のワークショップと学校給食配布はできなかったが、日程を改めて調整し開催するよう、ネパールの有志に委任し帰国することにした。                 
                                                               以上